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ニュース

 投稿者:黒田浩平  投稿日:2010年 5月30日(日)23時09分38秒
返信・引用
  凸凹カップル(デーコさん)が年輪ピックに出場します。
金沢大会です。
観に行きたいと思っていますが、まだ確定はしていません。
妻と二人で運転すれば行けるので、スケジュールのチョウセンチュウです。
 
 

ニュース

 投稿者:黒田浩平  投稿日:2010年 5月30日(日)23時09分22秒
返信・引用
  凸凹カップル(デーコさん)が年輪ピックに出場します。
金沢大会です。
観に行きたいと思っていますが、まだ確定はしていません。
妻と二人で運転すれば行けるので、スケジュールのチョウセンチュウです。
 

続き

 投稿者:k-kuroda  投稿日:2010年 5月21日(金)09時52分45秒
返信・引用
  教学聖旨のような反動的徳目を、地方の議員など有力者、そればかりか、下々の者(私は自分を下々の者の一人として意識しています)でさえ、それを求めていました。バタ臭い天賦人権論より、忠君愛国のほうが分かりやすかったし、江戸時代を通じて心身に染み付いていた徳目だから受け入れやすかったのです。私は毎日犬の散歩に行きます。常に鎖につながれているので、鎖をはめないと不安そうです。そして自由には動けません。いつも檻の中に入れられているので、檻を開けてもそこから出ようとしません。下々の者は、自由などということを意識したこともなかったのです。人権などということを、自分の事として考えたこともなかったのです。だから、自分の人権を考えるより、忠義の方が分かりやすいのです。孝行は良いことに決まっていたのです。女より男の方が偉いのは当たり前でした。外国のことなど何も知りませんから、日本が一番強く、世界で最も尊い国だといわれれば、そのまま信じたのです。だから、教育が必要だったのです。犬だって、良いしつけをすればよい犬になります。その教育を、教学聖旨、教育勅語、皇国史観としてしまうのですから、昭和20年の敗戦という結末を迎えるのは当然でしょう。元田永孚が、私塾で自説を主張したなら、それは学問の自由であり、言論の自由です。その人格は高潔にして尊敬すべきものがあったでしょう。しかし、明治天皇のお側近くにいて、国家の方向に影響を与えたとしたら、立派な人だったでは済まされないと思うのです。今も、憲法改正論議や、道徳教育論の中で、自民党にも民主党にも似たような人を見かけるので、国民が「愛国心は必要に決まっている」とか、「道徳教育をするのは良いことだ」とか、「世界第二位の(もう下に落ち込みますが)経済大国日本はえらい国だ」とか、「命を擲って国を守るのは当たり前だ」などと考えてしまうのではないかと、心配しています。  

元田永孚

 投稿者:k-kuroda  投稿日:2010年 5月21日(金)09時00分10秒
返信・引用
  第二章で私は元田永孚を悪者にしました。いろいろな本を読む限り、元田永孚は立派な人格者で、明治天皇に死ぬまで信頼されていたことが分かります。学識の幅も広く、単に朱子学に傾倒していただけでなく、欧米の学問についての造詣が深かったことも知られます。しかし、伊藤博文などの開花主義に対して、日本古来の思想を尊重すべきことを力説せずにはいられなかったのだと思います。
だから、元田永孚という人が立派な人だったということとは、否定しようがありません。
しかし、私は、朱子学をウルトラ封建思想だと考えています。封建主義は、それなりに合理性があり、西洋の封建主義などは、二君にまみえずどころか、複数の君主に仕え、自らの領地の安泰を図るような諸侯がおりました。日本だって、平家か源氏か、南朝か北朝か、豊臣か徳川かを、諸侯はいつも利をみて行動し、そこには夢も希望もありました。
しかし、朱子学は陰惨です。君臣関係は開闢以来の絶対的服従を要求するのです。生まれたときから(生まれる以前からの定めにより)臣従するのです。この思想はいただけません。下々のものは犠牲を強いられるばかりです。こういう、朱子学的徳目を日本国の中心に、つまり天皇制政治の基本理念としてすえつけた元田永孚を、私は大悪人と呼ばざるを得ないのです。勿論、元田永孚が一人でやったことではありません。(次回に続く)
 

(無題)

 投稿者:kuroda  投稿日:2010年 5月18日(火)11時05分16秒
返信・引用
   私は林羅山が家康の侍講となったとき、朱子学を幕府の学問の中心に据え、幕府の「官学」としたと思い込んでいました。ところが、朱子学を幕府の「官学」としたのは、松平定信だったようです。そこで、次のように書きあらためました。
【一七九〇年老中松平定信は、昌平坂学問所の衰退を立て直すため、朱子学を官学とし、大学頭林信敦に寛政異学の禁を実行させる。伊藤仁斎、荻生徂徠(一六六六~一七二八)などの古学(22)の興隆や洋学者の活動を嫌い、学問の自由を抑圧した。】
 しかし、この記述も、「寛政異学の禁」を正確に捉えているようには思えず、洋学という言葉も、この当時あったのかどうか不明で、結局、この部分を削除しました。
 幕府には「神道方」というのもあったようですし、寺は幕府の行政の一端を担っていたわけで、「朱子学は幕府の官学」などと、簡単に言い切れないと感じています。
 

お詫び

 投稿者:k-kuroda  投稿日:2010年 5月16日(日)15時54分14秒
返信・引用
  シリーズ愛国行進曲の敗北 第一巻 『神州と文明の幻想』をお送りしましたが、その後読み直して訂正すべきところが多いのにがっくりです。お送りするのがはやすぎました。しかし、完成するまでにはどのくらい日時を要するか分かりませんので、ちょっとあせってしまいました。
お許しください。
 

手作り本

 投稿者:k-kuroda  投稿日:2010年 5月14日(金)01時14分39秒
返信・引用
  シリーズ愛国行進曲の敗北
何故戦争をしたのか、何故負けたのか
第一巻 「江戸のいにしへ幻想」の第三校正が明日出来上がると思います。
完成とは行きませんが、お送りします。
 

掲示板復活させます

 投稿者:黒田浩平  投稿日:2010年 5月13日(木)01時07分57秒
返信・引用
  掲示板はもはや息が絶えたかと思い、見ずにいましたら、デーコさんからの書き込みがありました。松井さんが電話で知らせてくれました。

戦争の100年は「愛国行進曲の敗北」と改題して、全面書き直しをしました。第一巻の校正中です。あと数日で第一校正が終了すると思いますので、最初の一冊をお送りします。
手作りの本です。
 

お元気ですか

 投稿者:デーコ  投稿日:2010年 4月21日(水)21時36分5秒
返信・引用
  このところ掲示板が止まっているようで心配しています。
今年は気温や天候が変ですね。アイスランドの火山の噴火で地球規模で大騒ぎです。
文明が進めば進むほど自然災害の影響は世界規模で拡大するようです。
色即是空、生あるものは必ず滅す。人類もいずれなくなります。それは自滅か、自然によるか、わかりませんが、生ある限りこの人生を楽しみましょう。
俳句、ダンス、文学、歴史研究、旅行、観劇、家族、友人、みんな素晴らしい。
この掲示板の継続を祈ります。
 

明日の句会に

 投稿者:浩平  投稿日:2010年 3月 1日(月)08時02分33秒
返信・引用
  大急ぎで作りました。二月は28日までしかないのでした。

▽ 津波来る双眼鏡に冬の凪
▽ パンジーや今日で終りし葉科治療
▽ 春愁や小川の水で顔洗ひ
▽ 菜の花の貧しき軒を囲みをり
▽ 春風のそつとつつみし波の音
▽ 返信は詫び言葉より梅の散り
 

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